前へ目次 次へ




  はやまるな 話せばわかると 犬養が


 はやまるな 話せばわかると 犬養が
<桃太郎>「犬養毅ちゅう偉え政治家が岡山にいたらしいが、どこが偉えんじゃ?」

<爺さま>「犬養毅ゃー憲政の神様と呼ばれるほど偉かったんじゃ。昭和六(一九三一)年総理大臣になって、満州事変ちゅう戦争の後の難局収拾 に当たっとったんじゃけえど、翌昭和七年五月十五日、不満を持つ青年将校 に銃口 を向けられたがな。しゃあけえど少しも動じることのう、民主主義の根本理念を曲げず、犬養毅は、はやる将校に「まあ靴でも脱いで座れ、話せば分かる」とゆうたんじゃ。そうしたところ、「問答無用、撃て」とピストルで暗殺されてしもうた。この事件をさけえにして日本は次第に軍部が実権を持つようになって、そげんしょうるうちにけっぱんじいて、やがて太平洋戦争の泥沼にはまりこんでしもうた。出生地である岡山市川入(庭瀬)にゃあ「犬養木堂記念館」が建っているけえ、また見に行かれえ。犬養木堂に会えるじゃろうて。」